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札幌市に本拠を置き取材活動を行う「週刊サケ・マス通信」のオフィシャルサイトです。北海道を中心に最新の秋サケ水揚げ状況から、加工流通に至るまでを網羅したサケ・マスの総合情報メディアです。
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サケ・マス通信ブログ - セミナー講演のエントリ

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セミナー講演 swspフォーラムから―道サーモン協会・木村代表が「裏話」を披露 2014/11/28 8:53 am

道サーモン協会・木村代表が「裏話」を披露

市民の熱意に打たれ調査河川に指定
水産庁はしぶしぶ了承も回帰で歓喜


 「札幌ワイルドサーモンプロジェクト」フォーラムの中で、水産庁北海道さけ・ますふ化場(現水産総合研究センター北海道区水産研究所)で要職を歴任し、現在は北海道サーモン協会代表を務める木村義一氏が「カムバックサーモン運動の歴史と豊平川のサケへの思い」と題して話題提供し、さけ科学館開館当時の『裏話』などを紹介した。

 木村氏が少年時代の頃はまだ泳げたという豊平川。急速な都市化によって汚染が進み、戦後にはサケのそ上が途絶えてしまうが、札幌冬季オリンピックの開催を契機に下水対策が進み、再び川にサケを呼び戻そうという「カムバックサーモン運動」が盛り上がりをみせるように。

 昭和50年代、当時ふ化場勤務だった木村氏に種卵提供の打診があったが、国営だったサケ増殖事業において当時は漁業用以外の目的での種卵提供はできない決まりがあり最初は難航。

 しかし、「サケの文化を取り戻したい」という有志らの熱意に打たれ、何とか思案した結果、調査河川に指定する案が浮上。「水産庁側もしぶしぶ了承した形となったが、最初の放流を経て昭和56年にサケが再び回帰した時は札幌市民の関心も高く大きな話題となり、水産庁側も大いに喜んでくれた」と回顧。

 放流数は札幌市の当時の人口と同じ140万尾に設定したが、「まだまだ種卵の確保が難しい時代。調査河川に100万尾もの大量放流数が本当に必要なのかとの議論となり、最終的に放流数は30万尾にとどめ、足りない分は自前で施設を整備せよということに。教育普及の意義を込めてこれが現在の科学館設立につながった」とてん末を説明した。

 木村氏は「サケが戻るようになり、すでに『カムバック運動』は終わったのでは?との指摘があるが、この運動の理念はただ回帰すればよいというものではなく、サケと市民の交流、文化を創出しようというもの。環境を維持していくことも重要で、自然への理解が今後ますます必要になる時代と思う」と結んだ。
 (2014.11.4日配信号「札幌ワイルドサーモンプロジェクト」フォーラム特集記事から)

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セミナー講演 第1回秋サケ・定置網セミナー<もくじ> 2010/05/12 1:30 pm

第1回秋サケ・定置網セミナー  
各界専門家が講演

本誌・週刊サケ・マス通信が1月に(2010.01/25)開催した「第1回秋サケ・定置網セミナー」の中から3つの講演をピックアップして紹介します。



セミナー当日、サケ・マス定置関係者が会場に集い、熱心に話を聞いていた




<もくじ>



秋サケ輸出の現状と今後の展望
横浜冷凍株式会社 北海道水産事業部長
千田 重賢 氏
前編 後編
(2010.0506up)

大型クラゲの来遊状況と対策などについて
道立中央水産試験場 海洋環境部 主任研究員
宮園 章 氏
前編 後編
(2010.0507up)


サケ・マス類母川回帰の
メカニズムと新知見について

北海道大学教授
上田 宏 氏
前編 中篇 後編

(2010.0512up)

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セミナー講演 第1回サケ・マス定置網セミナー 母川回帰のメカニズムと新知見<後編> 2010/05/12 1:00 pm

サケ・マス類母川回帰の
メカニズムと新知見について<後編>









サケの鼻は「優秀センサー」

その嗅覚は警察犬に匹敵する


北海道大学 教授 上田 宏 氏


セミナー記事のもくじのページへ



<中篇からの続き>
サケが嗅覚によって、川の臭いを嗅ぎ分けて回帰するという説は、1950年代にハスラーという研究者が最初に提唱した。
実はこの説には2種類あり、前者は川の臭い、後者は同種の若い個体から出る臭い、要はフェロモンによって回帰するという説。ただ、シロザケやカラフトは全個体が海へと出てしまい川に残る個体がいないため、やはり川の臭いが大切だと考えられている。
サケの鼻は非常に優れたセンサーで、泳ぐことで水が効率よく流れ込み、排出される構造となっており、水に溶け込んだ臭いを感じることができる。人間の感覚に例えると「味」に近いものではないかと考えられる。
細胞の数からすると、警察犬に匹敵するほど鼻が良いと言われている。臭いを感じるメカニズムは我々人間と同じ脊椎動物共通で、臭いの受容体があり、そこに臭いが付くと電気信号となる。
哺乳類が嗅ぎ分けられる臭いの種類は約1000種類とされているが、魚類では約100種類が確認されている。ただし、嗅ぎ分けられる数は少ないものの、嗅げる臭いに関しては非常に鋭い感覚を持っている。嗅げる臭いとしては、アミノ酸とその関連物質や胆汁酸、ステロイドなどがあげられる。


アミノ酸手掛かりに
回帰する母川を選択


サケに色々な河川水を嗅がせたり、人工的なアミノ酸水を作って嗅がせる実験を行った結果、アミノ酸に大きく反応することが実証された。
胆汁酸にも反応することが言われていたため、胆汁酸でも試験したが、アミノ酸のほうが圧倒的に強い応答がみられた。それぞれの河川によってアミノ酸の成分に違いがあるため、サケはこれを嗅ぎ分けて回帰していると考えられる。
この結果を受けて、Y字の水路=写真=を用いて一方に人工アミノ酸母川水を、もう一方に飼育水を入れ、カラフト、シロ、ベニ、サクラの4種の成熟オスがどのような選択を行うかを行動実験により調べた。
最も進化しているカラフトは一番高いそ上行動を取ったが、母川の選択性に関しては他の3種よりも低い結果となった。これはそ上したいが「母川は選ばない」ということ。サケは生まれた川に帰るために進化してきたのではなく、分布を広げ資源を増やすことが目的。
これは色々な河川にそ上できるカラフトが分布域を広げ、資源量を増やしたことにもつながる。オホーツク海では現在、生産者が「オホーツクサーモン」としてカラフトを売り出しているが、こうした点からみても将来、さらに資源量が増える可能性を持っており、有望魚種と言える。
河川のアミノ酸は、年によっても季節によっても、また流域によっても変動する。こうした環境の中でどうやってサケは母川のアミノ酸の臭いを覚えるのか。天塩川で行った採取試験では、季節、年変動はあるものの、さほど変わらない成分組成があることが判明した。
こうしたアミノ酸は「バイオフィルム」と呼ばれる河川に付着している藻類、細菌類、原生動物などにより形成される物質によって作られており、環境面では特に注目されているもの。
サケの母川回帰機構の今後の課題としては、稚幼魚の降河行動や沿岸域での行動の把握、さらにベーリングからの回遊ルートの解明、親魚が母川を思い起こすきっかけ、性成熟のメカニズムなどが挙げられる。
(2010.03/12配信号に掲載)

(完)

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セミナー講演 第1回サケ・マス定置網セミナー 母川回帰のメカニズムと新知見<中篇> 2010/05/10 11:30 am

サケ・マス類母川回帰の
メカニズムと新知見について<中編>










ヒメマス、サクラは視覚嗅覚を使い回帰
種によって異なる「感覚能力」

北海道大学 教授 上田 宏 氏


セミナー記事のもくじのページへ



<前編からの続き>
この外海での実験は非常に予算がかかるため、実験場のある洞爺湖でヒメマスをモデルに発信機などを装着する手法で同様の実験を行っている。
回帰行動には磁気感覚が関係しているという論文があることから、非常に強力な磁石を付けて別の場所から放流してみると、ほぼ直線的に戻ることが分かった。ところが、視覚を奪ってしまうとジグザグな動きとなり、ヒメマスに関しては視覚が回帰に非常に重要だということが判明した。ヒメマスよりも遺伝的に下等なサクラの場合は直線的に戻るのではなく、沿岸を回遊して回帰することが分かった。
さらに嗅覚を奪ってしまうと湖岸に定位できなくなることも分かっており、これらサクラなどは視覚・嗅覚を用いて母川回帰することが分かっている。
分布域が狭く沿岸を回遊することで母川にたどりつくことができるサクラに対して分布域の広いベニなどは、ある程度方向を決めて帰ってくるものと考えられる。種によってこうした感覚能力に違いがあるということ。

サケの好む流速流量が
河川の蛇行復元に重要


今年度までの事業で、河川の蛇行を復元した場合にそ上するサケの行動がどう変化するかという実験を標津川で道栽培漁業振興公社と共同で行っている。
国土交通省が2002年に直線化した河道を旧川の三日月湖に通水する蛇行復元工事に際して追跡調査する機会を得たもの。サケに発信機を付けて筋肉の動きを観察することで、「どれ位一生懸命泳いでいるのか」ということを調べた。
まず、サケが河川の直線部を選択するのか、蛇行部を選択するのかを調べたところ、2004年、2005年の調査では個体すべてが蛇行部に進んだが、2006年になると直線部に進む個体が増加した。なぜこうした結果になったのかを調べると、04、05年は流量と流速が蛇行部のほうが大きく、06年以降の調査ではそれが逆転していた。つまり、サケは流量・流速の大きいほうを選択していたことになる。ただ単に河川に蛇行を復元させてもダメということで、こうした復元工事に際しては、サケがどのような流量・流速などの環境を好むのかを調査することが重要なポイントとなる。
また、蛇行を復元したことによるメリットも確認された。流れが複雑になったことで蛇行部で定位する、つまり休む時間が増えた。これは産卵するエネルギーを蓄積することにもつながるため、良質な卵を採卵することができるということになる。


GnRHホルモンが
回帰時に大きな役割


現在、最も注目しているがホルモンの働き。脳から出されるホルモンがどのようにサケの生殖腺の成熟をコントロールしているのかという点。
サケのGnRHというアミノ酸配列のホルモンが重要と考えている。サケの脳は、考える力はほとんどないが、感覚能力やホルモンの分泌に関しては非常に優れている。ベーリングから千歳川に帰ってくる日本系シロザケをサンプリングしたところ、このGnRHというホルモンが石狩川から千歳川に入るころに、血中のテストステロンという物質と同調して増加することが判明。このホルモンがサケのそ上にとって重要な役割を持っていることが判明した。
支笏湖でヒメマスをモデルとして行ったホルモン投与母川回帰実験でも、特にこのGnRHというホルモンが回帰に重要な役割を担っているという結果を得ている。
また、NMDA受容体という記憶などに関係している物質がこのホルモンの作用に大きな役割を持っていることも分かっている。これを阻害するものを投与すると回帰が遅れるというデータを得ていた。
こうしたホルモンや物質をコントロールすることができるようになれば、同時期の卵を計画採取することにもつながっていくものと考えている。
(2010.03/12配信号に掲載)

後編に続く

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セミナー講演 第1回サケ・マス定置網セミナー 母川回帰のメカニズムと新知見<前編> 2010/05/08 1:30 pm

サケ・マス類母川回帰の
メカニズムと新知見について<前編>









サケ・マスはなぜ生まれた河川に回帰する?

=知られざる生態・回帰メカニズムの究明進む=

北海道大学 教授 上田 宏 氏


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人工ふ化放流事業の成功によって我が国の重要な水産資源の1つに成長した日本のサケ・マス。しかし、何千キロにも及ぶ索餌回遊の末に母川へ戻ってくるという特異な生態を含めて、そのメカニズムはまだ多くの謎に包まれている。長年にわたってサケの母川回帰機構に関する魚類生理学的研究、水圏環境とサケ資源に関する環境生物学的研究を実践し、生態解明を続けている北海道大学教授の上田宏氏の研究・試験成果を紹介する。



遺伝的に最も進化したサケ類はカラフトマス

日本に生息する太平洋サケはカラフトマス、シロザケ、ベニザケ、サクラマスの4種。大別して、カラフトとシロの2種については成長するとすべての個体が餌を求めて海へと出る。
ベニとサクラはスモルトになった個体が海水適応能力を獲得して海へ渡るという違いがあり、サクラならヤマメ、ベニならヒメマスとなって湖に残る個体がいる。
太平洋サケの非常に面白い点は、川から海へと渡る時に「すりこみ」が行われ、特殊な記憶によって生まれた川へと高い確率で帰ってくるということ。これを「母川記銘」と言い、この記憶は生涯消えることがない。
元来のサケは冷水性の淡水魚で、祖先はカワカマスだということが近年の研究で分かってきた。北方の河川は餌が少ないため、豊富な餌を求めて海へと下るようになったが、海では受精できないために生まれた川に戻るという回帰性を獲得したと考えられる。
人工ふ化放流事業によって重要な水産資源となったサケ・マスだが、この母川回帰のメカニズムについては、生物学・水産学上でもまだ大きな「謎」となっている。
北米に生息するギンなどを含めた太平洋サケの進化の過程を遺伝的にみると、日本に生息する4種の中で最も原始的なのがサクラで、カラフトが一番進化していると考えられている。北太平洋での分布域、資源量についても、サクラは分布域が狭く資源量も少なく、それに比べてカラフトは分布域が広く、資源も多いということが分かっている。生物は種の生存、繁殖のために生息場所を移し分布域を拡大してきたが、サケはこの分布域を拡大することで遺伝的多様性を増大させ、進化させてきたと考えることができる。


2760kmを67日間かけて
ベーリング海から回帰


日本系シロザケの回遊経路をみると、オホーツクから太平洋に出て数年間は春から秋にかけてベーリングで索餌、アラスカ湾で越冬し、数年後の夏場にベーリング海で成熟を開始した個体が産卵のために母川へと戻ってくる。2000年夏にベーリング海で回遊に関する実験を行った。想定4年魚で鱗紋間隔が大きい日本系のふ化場産と思われるシロザケを30尾を捕獲し、先端にプロペラが付いた「データロガー」という記録計を装着し再放流を実施。
非常にギャンブル性の高い試験だったが、運良くこのうち1尾を根室沖で再捕・回収することができた。測定の結果、遊泳速度や水深、水温などのデータが得られ、この個体は2760キロを67日間かけて回遊し、平均で水深10メートルほどを通ってきたことが分かった。
こうしたデータが蓄積されていけば、海水温が上昇した場合などにサケがどういった回遊経路をたどるかなどの想定ができるようになるものと考えられる。この外海での回遊速度は世界で初めて計測されたデータで、大体その個体の体長と同じくらいの毎秒速度で回帰しているというデータを得た。さらにほぼ直線的に帰ってきていることも判明した。
(2010.03/12配信号に掲載)


















中篇に続く

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セミナー講演 第1回秋サケ・定置網セミナー 大型クラゲ来遊状況と対策について<後編> 2010/05/07 2:30 pm

大型クラゲの来遊状況と対策について=後編=

道立中央水産試験場 海洋環境部主任研究員
宮園章 氏


09年 沖合域でも顕著となった入網情報

宗谷海峡を抜けてオホーツク海沿岸でも大量出現

宗谷暖流の潜流化で被害が定置から底建へ変化


セミナー記事もくじのページへ

<前編からの続き>
北海道における09年のエチゼンクラゲの大量出現は、情報の多さからも見て取ることができる。道内でどのようにクラゲが出現をしたかという点を概観していくと、特徴的だったのが沖合域でのエチゼンクラゲの発見や入網報告が相次いだ点。
道内のエチゼンクラゲの報告は8月下旬の道南海域から始まり、10月には道北からオホーツク海沿岸での報告が相次ぎ、11月中旬まで大量入網の報告が途切れなかった。12月中旬以降は終漁の影響もあるが報告は減り、入網するクラゲの数も減少傾向をたどっていった。

特に顕著だった点を三つのトピックとして挙げる。
まずトピックの一つ目では、沖合のトロール網に頻繁に入網したことが挙げられる。10月の調査トロール網の曳網深度は100〜250mだった。曳網の途中の水深帯で入ったのか、曳網水深帯ではいったのかは定かでないが、例年に比べてはるかに多くのエチゼンクラゲが沖合の深い層に分布したものと思われる。
トピックの二つ目は宗谷暖流に関する点で、今年はオホーツク海の沿岸にもエチゼンクラゲが大量に出現した。その中で、11月上旬から下旬にかけてサケ定置網と沖底建網への入網伏況が大きく変化したことは興味深い現象といえる。
宗谷海峡を抜けて日本海からオホーツク海に流れる宗谷暖流は水温の高い夏には表層を流れる。表面水温が低下すると沖合のオホーツク海表層低塩分水より重くなり、沈み込んで潜流となるが、09年には11月6日から24日の間に表層流から潜流にスイッチしたことが衛星観測でも認められている。紋別沿岸におけるエチゼンクラゲの入網状況が、サケ定置から沖底建網ヘスイッチしたとの報告は、この現象とよく一致していた。


胆振、日高など太平洋側でクラゲ被害確認されず
津軽暖流の沿岸モード継続で青森以南に流入


トピックの三つ目は津軽暖流に関する話。日高や胆振の白老、登別沿岸のサケ定置網からのエチゼンクラゲ入網情報は05年にはあったが、09年にはなかった。津軽暖流は津軽海峡を抜けて太平洋に流出し、季節的に流路を大きく変化する。
例年では、冬から春には青森県尻屋岬から岸に沿って三陸方面に南下する状態「沿岸モード」にあるが、夏から秋には襟裳岬まで大きく張り出してから南下する「渦モード」といわれる状態となる。05年は例年通り「沿岸モード」から「渦モード」になった。
一方、09年には「沿岸モード」のままの状態が続いた。日高湾においてエチゼンクラゲの出現がなかったのはこうした流況を反映したと考えられる。


事例の積み重ねにより出現予測技術を確立へ

オ海への影響予測できる可能性も



水産庁が行っている大型クラゲの出現予測は日本海海況予測モデル(JADE)を使っている。これは海流や水温などの分布をスーパーコンピュータでモデル解析するシステムで、いつどのあたりにクラゲが出現するかという予測に応用しようとしている。
今年の予測は出現時期に関しては概ねよくあっていた。しかし、量的な論議ができる段階までには至っていないのが現状。前段のトピックで示したように、エチゼンクラゲの動きは北海道周辺を流れる暖流の挙動に大きく影響されることが分かった。まだ事例が少なく、今後こうしたデータを増やしていく取り組みを積み重ねて行けば、北海道独自のクラゲ出現短期予測技術の確立につながっていくのではと考える。
例えば、9月中下旬の日本海道南における沖合底建網や調査船によるトロール網調査の結果は沖合亜表層におけるエチゼンクラゲの分布伏況を示している。沖合からの出現報告頻度の高い年にはオホーツク海への影響を事前に予想できるようになる可能性がある。
また、万が一にクラゲが大発生し、網に大量入網した際には、駆除作業をする以外に具体的方法はないが、漁具にクラゲが入らないような工夫を施す試みも行われている。
大型クラゲ対策事業の一環で、網漁具の改良についてのマニュアルが作成されている。独立行政法人水産総合研究センターのHP、あるいはJAFICの大型クラゲに関するHPからこのマニュアルを入手することができる。
(2010.02/12配信号に掲載)

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セミナー講演 第1回秋サケ・定置網セミナー 大型クラゲ来遊状況と対策について<前編> 2010/05/07 2:00 pm

大型クラゲの来遊状況と対策について=前編=

道立中央水産試験場 海洋環境部主任研究員
宮園章 氏

年変動が大きい「クラゲ出現」

4年目を迎えた全国モニタリング事業

セミナー記事もくじのページ

2009年はエチゼンクラゲの大量出現により、北海道の沿岸でも多くの漁業被害をもたらした。
05年の大発生と比べ北海道への到来規模は09年が上回ったという印象を持っている。
全国規模で行っている大型クラゲ出現のモニタリング事業は、05年のクラゲ大量出現が契機となり翌06年からスタートした。それ以前は地域別の情報に限られていたが、全国で一元化してクラゲの動きを捉えたほうがよいという気運となり、沖合漁業者の方々などの協力も得て情報を集め、漁業情報サービスセンター(JAFIC)がデータを集約して全国的な情報を発信している。またこの情報を基に出現予測をしていこうという国の事業の中に私たちも加わっている。

エチゼンクラゲの出現は年度変動が大きく、05年の大発生ののち、06、07年と出現規模が低下傾向を示し、08年にはほとんど問題にならない程度しかなかった。ところが09年の出現は過去最大規模となった。
09年の全国の状況は出現時期が例年より早く、そしてクラゲが日本海沖合を通って太平洋に抜ける時期も早まり大量に出て、一部は関東、三重当たりにまで下がっていった。移動パターンとしては2006年と同様といえるが、量が多く、出現場所も非常に広がった。特に多かったエリアとしては北海道が挙げられている。

大量出現の原因は生息域の環境変化か

そもそもどこで生まれるのか?


続いて、エチゼンクラゲはそもそもどこで生まれるということを紹介していく。エチゼンクラゲの生活史は、水中を自由に泳ぐクラゲ世代と海底で固着生活を送るホリプ世代に大別される。渤海や黄海、東シナ海と、中国と朝鮮半島に挟まれた内湾域を生息域とする生物で南の暖かい海を好む。しかし、そのクラゲの一部は長江からの雪解け水を含んだ淡水の大規模な流入に押し出されるような形で対馬暖流に乗り、日本の海域まで伝播(でんぱ)している。
過去を振り返ると、1929年(大正9)に福井県でエチゼンクラゲが大量出現したという報告が残っている。その後、1958年(昭和33)と1995年(平成7)にそれぞれ大量発生記録がある。1900年代には10年に一度あるかないかの非常に珍しい出来事という認識だった。ところが2000年以降の03、05、09年と、2〜4年の短いスパンで大量発生がみられるようになった。ここで「大きく何かが変わったのではないか」という指摘が専門家から出ている。

エチゼンクラゲは、本来の生息域で大量発生したのであろうと推測されるが、このエリアの多くは中国の領海内にあり情報収集が困難な状況となっている。それは国防上の理由もあるが、中国ではクラゲが重要な水産資源になっているという点もネックになり、エチゼンクラゲの実態解明の道のりを遠いものにしている。
中国でクラゲが加工されているというのは知っていたがインターネットで情報を探したところ、塩蔵クラゲを商品としている中国企業のHPがあり、さまざまな知見が得られた。
HPによると、全体生産量は推定6000トン以上としていて、これを塩蔵とみると、生のクラゲは98%が水で塩蔵は65%ぐらいと記載されていることから、概算すると水揚げトン数は30万トンに達し、北海道のスケソウの生産量に匹敵するぐらいの水揚げ規模になっていると推測される。
また、クラゲを扱う中国事業者でほかのHPを探すと、漁獲状況についての情報が載っているものもあった。それによると、06年度に中国のクラゲは漁獲が半減してしまったと記述されていた。本来の漁獲量から58%程度に減産し、漁場コントロールが行われ漁獲対象として禁漁・漁獲期間が定められていることが載っていた。
さらに養殖クラゲも前年から50%前後生産が落ちたとあり、クラゲの漁獲が減少傾向をたどっている中、需要があるのでクラゲ養殖が産業として成り立っているとのことが分かった。
このHPではクラゲ減産がどこに原因があるのかという点にも触れていて、この06年は海水温が例年に比べて低かったというのを要因の一つに挙げていた。


研究者が提唱する「クラゲスパイラル」

中国の経済発展による河川水の富栄養化が要因?


一方、広島大学の上真一教授は「エチゼンクラゲがなぜ増えたのか」ということについて仮説を立てていて、過去に研究した東京湾におけるミズクラゲ増大の研究事例を基に、「クラゲスパイラル」という状況を指摘している。
先ほど中国のクラゲ漁減産の話をしたが、魚類生産についても1970〜2005年までみると減少傾向をたどっている。獲り過ぎて魚がいなくなったということだが、また長江の河口域における河川水の栄養塩(窒素)濃度が徐々に高くなっており、中国は現在、経済発展が著しい状態で日本の1970年代に匹敵するような公害問題が人為的要素となり、それに伴って河川水がどんどん富栄養化していると予想される。
上教授はこういう状況を踏まえて「クラゲスパイラル」という仮説を提唱していて、それでは昔と今の海ではどういう変化があったのか、ということになる。
漁獲量があった昔は魚が豊富にいて、魚もクラゲも動物プランクトンを食べるので、両者がエサを巡る競合をしていた。魚がたくさんいればクラゲのいるスペースが小さくなるが、昔はこの状態で海のバランスが取れていた。
それが乱獲による魚類資源の減少、水温の上昇、人為活動としては海岸線をコンクリートで覆いクラゲのホリプができやすい環境になり、また富栄養化によってエサが増加した。
クラゲ本来の生息域である東シナ海、渤海、黄海では、こうした要因が絡まって魚が減少しクラゲがすみやすい環境がつくられていき、クラゲの海にまっしぐらという状況が起こっているのではないかと、上教授は推測している。ただこれらについては、現在は調査することができないので、仮説止まりの話になっている。
(2010.02/12配信号に掲載)


後編に続く

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セミナー講演 第1回秋サケ・定置網セミナー 秋サケ輸出の現状と今後の展望<後編> 2010/05/06 11:30 am

秋サケ輸出の現状と今後の展望=後編=

横浜冷凍株式会社 北海道水産事業部長 千田重賢 氏

09年シーズンは10月半ばから ようやく本格化

セミナー記事もくじのページへ


<前編からの続き>
ところが、その後は多獲地帯を中心に水揚げが順調に伸長。産地では「凍結が間に合わない、保管庫も満杯」という状態に。ちょうどこの9月末から10月始めにかけて浜値も落ち着き始め、ここにきてようやく輸出を、ということになった。中国側も道産サケの品質の良さは承知しており、その頃のアラスカ産チャムがC&Fトン当たり3000〜3200ドルと差の無い価格となっていたこともあって、需要があって特に身色ではアラスカ産よりも良い道産サケが3000ドル程度なら手掛けたいということになった。

そうした中、中国側は10月始めから国慶節という祭事があり、1週間ほど全企業が休みに入る。今期は前述の事情により商談を進めていなかったため、一番商談したい時期にできないという状況となった。
水揚げは進むが産地の蔵はあふれて魚が買えない、商談も進まないという状態。産地からコンテナで輸出すれば手数料は安く済むが、今期は急きょ、経費はかさむがまずは産地の蔵を空けてもらい、自社工場や営業冷蔵庫に荷物を移す措置を取った。

今期に限っては輸出証明書やコンテナの手配もない中での輸出となったことで、証明が取れる10月末頃まで荷物が蔵に保管される格好となり、道東を中心とする加工業者は9月前半の高値もあって厳しい状況となっていると予想している。オホーツクについてはホタテ価格が下がったことでヨーロッパからの引き合いが強く、ぎりぎりまでホタテ加工に力を入れて頂いたこともあり打撃は少なかったと考えている。祭事明け、中国サイドはまだ様子見状態だったが、商談が再開されて最初の輸出手続が整った10月半ばには浜値もさらに下方修正されていたことで、ようやく本格化となった。


順調な搬出も中国との商談は
完全な「白旗状態」


ただし、荷物を出さなければならなかった事情から、今期については中国側との交渉は完全に「白旗状態」となった。量的に関しては不漁で少なかった前年に比べ当初から搬出はまとまる形に。10月末からの漁期後半には駆け引きが強く価格にシビアな中国側からの需要が逆に強まるようになり、順調な成約が進むようになった。当社の今期実績としては1月分も含めて約9000トンの荷物を輸出することができた。前年は不漁もあって5000トンの実績で為替もあり大きく差損したが、今期については当初不振予想の影響が大きかったものの、量的にはまずまず順調に荷を出せたと考えている。



EUで高い評価
来漁期まで相当強い引き合いに


中国で加工された秋サケは欧米に向けて輸出される訳だが、EU側では天然物となる日本の秋サケは高く評価されている。中国側も現状、当初はマスに絞っていたが、秋サケの量がまとまったことで熱心に売り込みをかけている。
その成果もあってEU側の引き合いは非常に強い。現在、冷蔵庫には良品はほとんど残っおらず、道産品については在庫なしの状況。来年については引き合い自体、価格が出るまでは相当強いと思われる。製品価格・産地蔵前で300円を超えるものは通年通らないため、平均200〜250円どころのスムーズに消化が進む価格形成が大切になる。秋サケを扱う商社はかなり減っており、ロシア産のマス、チャムやスケソウなど競合する魚が豊富にあること、輸出に向けられる物が国内に向けば処理が困難なことなども考慮した上での適正価格がやはり望ましいと考えている。
(2010.01/29配信号に掲載)

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セミナー講演 第1回秋サケ・定置網セミナー 秋サケ輸出の現状と今後の展望<前編> 2010/05/06 11:00 am

秋サケ輸出の現状と今後の展望=前編=

09年 不漁予測から一変。
中国への搬出順調も商談厳しく

横浜冷凍株式会社 北海道水産事業部長 千田重賢 氏

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当社北海道水産事業部では、秋サケを筆頭にホタテ、スケソウなどの輸出事業を行っている。09年の秋サケは当初予想に反して水揚げが伸びたことでかなり苦慮したというのが実感だ。



結論から言えば、今シーズン道産秋サケの輸出予想数量は約5万トンと見込んでいる。形態はほぼ9割以上がドレスで、歩留まりから計算した原魚ベースでは約7万5000トン換算となり、今期水揚げ15万トンのほぼ半分が輸出に向けられた形になる。
統計ではヒネ物となる9月を除いて通関実績でまだ10、11月分しか公表されていないが、10月で1万2800トン、11月で1万2700トンの搬出。トータル2万5600トンで、このうち中国向けが2万3000トンの実績。水揚げ不振となった前年は年間トータルで約3万トン、うち中国向けが2万5000トンとなっていたことから、この2カ月でほぼ前年の実績と相当する格好となり、今後12月分以降の搬出が進めば2倍ほどの数量が輸出されるのではとみている。

今期の輸出環境を振り返ると、昨年8月時点の不漁予測に伴い、我々も「今シーズンは相当高くなる。中国側の提示値段と合わなくなる」と予想し、事業開始以来初めて中国現地での商談を見送った。
この判断には日本の秋サケと同じ中国での加工原料となるロシア、アラスカのチャム、マスの存在があり、特にロシアのマスは42万トンの大豊漁(前年15万トン)、チャムも8万6000トン(前年5万トン)の水揚げがあったことが要因となった。中国サイドは値段さえ合えばオホーツクの建マスも買うが、豊漁のロシア産マスがドレスベースでC&F(保険料を除く輸入地までの運賃・各種手続き、作業料込み価格。到着価格)トン当たり1700ドル、日本円換算でキロ140〜150円と全く歯が立たない状況。
この豊富な加工原料があるため、秋サケを前に中国側も駆け引きをしてくるのだが、日本の不漁予測と高値予想、さらにロシア産マスの豊漁という状況もあって、商談にならなかったというのがその時点での実際のところだった。
欧米や中国国内のバイヤーらが多く集まり毎年行われている中国でのシーフードショーでも日本産サケの案内ができないような状態で、要するに「今シーズンの秋サケは輸出できない」という判断だった。船便のコンテナも用意せずにシーズンインした形となった。

漁期始めの高値で当初は輸出を見送る判断に

漁期に入り、ふたを開けてみると、当初は予測通りの高値となり、ドレス換算すると加工賃などを含め300円を超える価格帯に。これまでの輸出事業で300円を超える物は通ったことがなく、輸出の値段にはならないと判断。
しかし、9月の後半になって水揚げが伸び始め、加工サイドからも輸出の要望が出始めた。ただ、この時の300円超えのドレス価格、C&Fトン当たり3400ドルでは、日本へ再輸出される委託加工分で集めた800トンの別格を除けば無理な価格帯だった。この800トンで今年は終わりという考えだった。
(2010.01/29配信号に掲載)



後編に続く

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