サケ・マス通信ブログ - 第1回サケ・マス定置網セミナー 母川回帰のメカニズムと新知見<前編>
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第1回サケ・マス定置網セミナー 母川回帰のメカニズムと新知見<前編>2010/05/08 1:30 pm
サケ・マス類母川回帰の
メカニズムと新知見について<前編>
サケ・マスはなぜ生まれた河川に回帰する?
=知られざる生態・回帰メカニズムの究明進む=
北海道大学 教授 上田 宏 氏
セミナー記事のもくじのページへ
人工ふ化放流事業の成功によって我が国の重要な水産資源の1つに成長した日本のサケ・マス。しかし、何千キロにも及ぶ索餌回遊の末に母川へ戻ってくるという特異な生態を含めて、そのメカニズムはまだ多くの謎に包まれている。長年にわたってサケの母川回帰機構に関する魚類生理学的研究、水圏環境とサケ資源に関する環境生物学的研究を実践し、生態解明を続けている北海道大学教授の上田宏氏の研究・試験成果を紹介する。
遺伝的に最も進化したサケ類はカラフトマス
日本に生息する太平洋サケはカラフトマス、シロザケ、ベニザケ、サクラマスの4種。大別して、カラフトとシロの2種については成長するとすべての個体が餌を求めて海へと出る。
ベニとサクラはスモルトになった個体が海水適応能力を獲得して海へ渡るという違いがあり、サクラならヤマメ、ベニならヒメマスとなって湖に残る個体がいる。
太平洋サケの非常に面白い点は、川から海へと渡る時に「すりこみ」が行われ、特殊な記憶によって生まれた川へと高い確率で帰ってくるということ。これを「母川記銘」と言い、この記憶は生涯消えることがない。
元来のサケは冷水性の淡水魚で、祖先はカワカマスだということが近年の研究で分かってきた。北方の河川は餌が少ないため、豊富な餌を求めて海へと下るようになったが、海では受精できないために生まれた川に戻るという回帰性を獲得したと考えられる。
人工ふ化放流事業によって重要な水産資源となったサケ・マスだが、この母川回帰のメカニズムについては、生物学・水産学上でもまだ大きな「謎」となっている。
北米に生息するギンなどを含めた太平洋サケの進化の過程を遺伝的にみると、日本に生息する4種の中で最も原始的なのがサクラで、カラフトが一番進化していると考えられている。北太平洋での分布域、資源量についても、サクラは分布域が狭く資源量も少なく、それに比べてカラフトは分布域が広く、資源も多いということが分かっている。生物は種の生存、繁殖のために生息場所を移し分布域を拡大してきたが、サケはこの分布域を拡大することで遺伝的多様性を増大させ、進化させてきたと考えることができる。
2760kmを67日間かけて
ベーリング海から回帰
日本系シロザケの回遊経路をみると、オホーツクから太平洋に出て数年間は春から秋にかけてベーリングで索餌、アラスカ湾で越冬し、数年後の夏場にベーリング海で成熟を開始した個体が産卵のために母川へと戻ってくる。2000年夏にベーリング海で回遊に関する実験を行った。想定4年魚で鱗紋間隔が大きい日本系のふ化場産と思われるシロザケを30尾を捕獲し、先端にプロペラが付いた「データロガー」という記録計を装着し再放流を実施。
非常にギャンブル性の高い試験だったが、運良くこのうち1尾を根室沖で再捕・回収することができた。測定の結果、遊泳速度や水深、水温などのデータが得られ、この個体は2760キロを67日間かけて回遊し、平均で水深10メートルほどを通ってきたことが分かった。
こうしたデータが蓄積されていけば、海水温が上昇した場合などにサケがどういった回遊経路をたどるかなどの想定ができるようになるものと考えられる。この外海での回遊速度は世界で初めて計測されたデータで、大体その個体の体長と同じくらいの毎秒速度で回帰しているというデータを得た。さらにほぼ直線的に帰ってきていることも判明した。
(2010.03/12配信号に掲載)
中篇に続く
メカニズムと新知見について<前編>
サケ・マスはなぜ生まれた河川に回帰する?
=知られざる生態・回帰メカニズムの究明進む=
北海道大学 教授 上田 宏 氏
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人工ふ化放流事業の成功によって我が国の重要な水産資源の1つに成長した日本のサケ・マス。しかし、何千キロにも及ぶ索餌回遊の末に母川へ戻ってくるという特異な生態を含めて、そのメカニズムはまだ多くの謎に包まれている。長年にわたってサケの母川回帰機構に関する魚類生理学的研究、水圏環境とサケ資源に関する環境生物学的研究を実践し、生態解明を続けている北海道大学教授の上田宏氏の研究・試験成果を紹介する。
遺伝的に最も進化したサケ類はカラフトマス
日本に生息する太平洋サケはカラフトマス、シロザケ、ベニザケ、サクラマスの4種。大別して、カラフトとシロの2種については成長するとすべての個体が餌を求めて海へと出る。
ベニとサクラはスモルトになった個体が海水適応能力を獲得して海へ渡るという違いがあり、サクラならヤマメ、ベニならヒメマスとなって湖に残る個体がいる。
太平洋サケの非常に面白い点は、川から海へと渡る時に「すりこみ」が行われ、特殊な記憶によって生まれた川へと高い確率で帰ってくるということ。これを「母川記銘」と言い、この記憶は生涯消えることがない。
元来のサケは冷水性の淡水魚で、祖先はカワカマスだということが近年の研究で分かってきた。北方の河川は餌が少ないため、豊富な餌を求めて海へと下るようになったが、海では受精できないために生まれた川に戻るという回帰性を獲得したと考えられる。
人工ふ化放流事業によって重要な水産資源となったサケ・マスだが、この母川回帰のメカニズムについては、生物学・水産学上でもまだ大きな「謎」となっている。
北米に生息するギンなどを含めた太平洋サケの進化の過程を遺伝的にみると、日本に生息する4種の中で最も原始的なのがサクラで、カラフトが一番進化していると考えられている。北太平洋での分布域、資源量についても、サクラは分布域が狭く資源量も少なく、それに比べてカラフトは分布域が広く、資源も多いということが分かっている。生物は種の生存、繁殖のために生息場所を移し分布域を拡大してきたが、サケはこの分布域を拡大することで遺伝的多様性を増大させ、進化させてきたと考えることができる。
2760kmを67日間かけて
ベーリング海から回帰
日本系シロザケの回遊経路をみると、オホーツクから太平洋に出て数年間は春から秋にかけてベーリングで索餌、アラスカ湾で越冬し、数年後の夏場にベーリング海で成熟を開始した個体が産卵のために母川へと戻ってくる。2000年夏にベーリング海で回遊に関する実験を行った。想定4年魚で鱗紋間隔が大きい日本系のふ化場産と思われるシロザケを30尾を捕獲し、先端にプロペラが付いた「データロガー」という記録計を装着し再放流を実施。
非常にギャンブル性の高い試験だったが、運良くこのうち1尾を根室沖で再捕・回収することができた。測定の結果、遊泳速度や水深、水温などのデータが得られ、この個体は2760キロを67日間かけて回遊し、平均で水深10メートルほどを通ってきたことが分かった。
こうしたデータが蓄積されていけば、海水温が上昇した場合などにサケがどういった回遊経路をたどるかなどの想定ができるようになるものと考えられる。この外海での回遊速度は世界で初めて計測されたデータで、大体その個体の体長と同じくらいの毎秒速度で回帰しているというデータを得た。さらにほぼ直線的に帰ってきていることも判明した。
(2010.03/12配信号に掲載)
中篇に続く