サケ・マス通信ブログ - 第1回サケ・マス定置網セミナー 母川回帰のメカニズムと新知見<後編>
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第1回サケ・マス定置網セミナー 母川回帰のメカニズムと新知見<後編>2010/05/12 1:00 pm
サケ・マス類母川回帰の
メカニズムと新知見について<後編>
サケの鼻は「優秀センサー」
その嗅覚は警察犬に匹敵する
北海道大学 教授 上田 宏 氏
セミナー記事のもくじのページへ
<中篇からの続き>
サケが嗅覚によって、川の臭いを嗅ぎ分けて回帰するという説は、1950年代にハスラーという研究者が最初に提唱した。
実はこの説には2種類あり、前者は川の臭い、後者は同種の若い個体から出る臭い、要はフェロモンによって回帰するという説。ただ、シロザケやカラフトは全個体が海へと出てしまい川に残る個体がいないため、やはり川の臭いが大切だと考えられている。
サケの鼻は非常に優れたセンサーで、泳ぐことで水が効率よく流れ込み、排出される構造となっており、水に溶け込んだ臭いを感じることができる。人間の感覚に例えると「味」に近いものではないかと考えられる。
細胞の数からすると、警察犬に匹敵するほど鼻が良いと言われている。臭いを感じるメカニズムは我々人間と同じ脊椎動物共通で、臭いの受容体があり、そこに臭いが付くと電気信号となる。
哺乳類が嗅ぎ分けられる臭いの種類は約1000種類とされているが、魚類では約100種類が確認されている。ただし、嗅ぎ分けられる数は少ないものの、嗅げる臭いに関しては非常に鋭い感覚を持っている。嗅げる臭いとしては、アミノ酸とその関連物質や胆汁酸、ステロイドなどがあげられる。
アミノ酸手掛かりに
回帰する母川を選択
サケに色々な河川水を嗅がせたり、人工的なアミノ酸水を作って嗅がせる実験を行った結果、アミノ酸に大きく反応することが実証された。
胆汁酸にも反応することが言われていたため、胆汁酸でも試験したが、アミノ酸のほうが圧倒的に強い応答がみられた。それぞれの河川によってアミノ酸の成分に違いがあるため、サケはこれを嗅ぎ分けて回帰していると考えられる。
この結果を受けて、Y字の水路=写真=を用いて一方に人工アミノ酸母川水を、もう一方に飼育水を入れ、カラフト、シロ、ベニ、サクラの4種の成熟オスがどのような選択を行うかを行動実験により調べた。
最も進化しているカラフトは一番高いそ上行動を取ったが、母川の選択性に関しては他の3種よりも低い結果となった。これはそ上したいが「母川は選ばない」ということ。サケは生まれた川に帰るために進化してきたのではなく、分布を広げ資源を増やすことが目的。
これは色々な河川にそ上できるカラフトが分布域を広げ、資源量を増やしたことにもつながる。オホーツク海では現在、生産者が「オホーツクサーモン」としてカラフトを売り出しているが、こうした点からみても将来、さらに資源量が増える可能性を持っており、有望魚種と言える。
河川のアミノ酸は、年によっても季節によっても、また流域によっても変動する。こうした環境の中でどうやってサケは母川のアミノ酸の臭いを覚えるのか。天塩川で行った採取試験では、季節、年変動はあるものの、さほど変わらない成分組成があることが判明した。
こうしたアミノ酸は「バイオフィルム」と呼ばれる河川に付着している藻類、細菌類、原生動物などにより形成される物質によって作られており、環境面では特に注目されているもの。
サケの母川回帰機構の今後の課題としては、稚幼魚の降河行動や沿岸域での行動の把握、さらにベーリングからの回遊ルートの解明、親魚が母川を思い起こすきっかけ、性成熟のメカニズムなどが挙げられる。
(2010.03/12配信号に掲載)
(完)
メカニズムと新知見について<後編>
サケの鼻は「優秀センサー」
その嗅覚は警察犬に匹敵する
北海道大学 教授 上田 宏 氏
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<中篇からの続き>
サケが嗅覚によって、川の臭いを嗅ぎ分けて回帰するという説は、1950年代にハスラーという研究者が最初に提唱した。
実はこの説には2種類あり、前者は川の臭い、後者は同種の若い個体から出る臭い、要はフェロモンによって回帰するという説。ただ、シロザケやカラフトは全個体が海へと出てしまい川に残る個体がいないため、やはり川の臭いが大切だと考えられている。
サケの鼻は非常に優れたセンサーで、泳ぐことで水が効率よく流れ込み、排出される構造となっており、水に溶け込んだ臭いを感じることができる。人間の感覚に例えると「味」に近いものではないかと考えられる。
細胞の数からすると、警察犬に匹敵するほど鼻が良いと言われている。臭いを感じるメカニズムは我々人間と同じ脊椎動物共通で、臭いの受容体があり、そこに臭いが付くと電気信号となる。
哺乳類が嗅ぎ分けられる臭いの種類は約1000種類とされているが、魚類では約100種類が確認されている。ただし、嗅ぎ分けられる数は少ないものの、嗅げる臭いに関しては非常に鋭い感覚を持っている。嗅げる臭いとしては、アミノ酸とその関連物質や胆汁酸、ステロイドなどがあげられる。
アミノ酸手掛かりに
回帰する母川を選択
サケに色々な河川水を嗅がせたり、人工的なアミノ酸水を作って嗅がせる実験を行った結果、アミノ酸に大きく反応することが実証された。
胆汁酸にも反応することが言われていたため、胆汁酸でも試験したが、アミノ酸のほうが圧倒的に強い応答がみられた。それぞれの河川によってアミノ酸の成分に違いがあるため、サケはこれを嗅ぎ分けて回帰していると考えられる。
この結果を受けて、Y字の水路=写真=を用いて一方に人工アミノ酸母川水を、もう一方に飼育水を入れ、カラフト、シロ、ベニ、サクラの4種の成熟オスがどのような選択を行うかを行動実験により調べた。
最も進化しているカラフトは一番高いそ上行動を取ったが、母川の選択性に関しては他の3種よりも低い結果となった。これはそ上したいが「母川は選ばない」ということ。サケは生まれた川に帰るために進化してきたのではなく、分布を広げ資源を増やすことが目的。
これは色々な河川にそ上できるカラフトが分布域を広げ、資源量を増やしたことにもつながる。オホーツク海では現在、生産者が「オホーツクサーモン」としてカラフトを売り出しているが、こうした点からみても将来、さらに資源量が増える可能性を持っており、有望魚種と言える。
河川のアミノ酸は、年によっても季節によっても、また流域によっても変動する。こうした環境の中でどうやってサケは母川のアミノ酸の臭いを覚えるのか。天塩川で行った採取試験では、季節、年変動はあるものの、さほど変わらない成分組成があることが判明した。
こうしたアミノ酸は「バイオフィルム」と呼ばれる河川に付着している藻類、細菌類、原生動物などにより形成される物質によって作られており、環境面では特に注目されているもの。
サケの母川回帰機構の今後の課題としては、稚幼魚の降河行動や沿岸域での行動の把握、さらにベーリングからの回遊ルートの解明、親魚が母川を思い起こすきっかけ、性成熟のメカニズムなどが挙げられる。
(2010.03/12配信号に掲載)
(完)